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こんにちは、また書き込みさせてもらいます。
先日から憑かれたように山本作品を読んでいるのですが、
一昨日は短編集「守ってあげたい(フレイクスの復刻版)」と「学校」を
読みました。
90年代初めの作品集である「守ってあげたい」の巻頭の短編「守ってあげたい」は
題名由来はなんだろう、と思いました。「アダルトビデオの作り方」は楽天的な
楽しいお話でした。
一方作品集「学校」は90年代後半のアシスタントを廃し、CGを多用した作品で
特に短編「学校」は、フルCGのため画像の加工が容易との事で、
トリッキーな(?)構成を楽しませて頂いたのですが、初期の作品に慣れた目には
多少、画に違和感を感じました。
この違和感を他のファンの皆さんはどう感じはったのですかね?
CGを多く用いた最近のTVアニメ、あるいはビデオ画像に変わったドラマ水戸黄門に
感じたような単なる「慣れ」なのか、もっと根源的なものなのか。
最初のフルCG作品短編「渚にて」はむしろ違和感が少なかったのですが。
(ピント外れの感想ですが、何となく高野文子の作品を思い出しました。)
次はフラグメントを読んでみようと思います。これは今でもアマゾンで新刊が入手できる
ようなので。
長文失礼しました、それでは。
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