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ネパール共産党毛沢東主義派カトマンズ事務所
しばしの休息を取った僕は、翌日、カトマンズへ戻った。
党大会を3日後に控えているため毛沢東主義者の主要メンバーは、多忙を極めていた。
議長プラチャンダ派と左派キラン派の党派闘争のためだ。
議長派は現実路線を模索しているが、左派キラン派は人民社会主義共和国樹立を掲げ精力的に党内オルグを行っていた。
キラン派が優勢と伝えられているが、しかし、微妙なところで推移している様にみえる。議長プラチャンダと中間派副議長バッタライの政治手腕はあなどれない。
そんな中、今日なら時間が取れるから午後にカトマンズ事務所に来る様にとの伝言。
早速、僕は、言われた国会議事堂裏手にある共産党毛沢東主義派の事務所に向かった。
事務所は普通の民家ほどの大きさで3階建てであった。敷地の外では武装した機動隊が警備している。そうだこの国は、未だ暫定政府であり革命途上にあるのだということを思い知らされる。敷地内には、数人の支持者が集まっている。
支持者にアポを取っていることを告げると、暫くして3階の事務所に通される。
待っていたのは、カスキ郡で生まれインドの大学を卒業し、ネパール第2の都市ポカラ選出の国会議員で政治局員のS・A・マガール氏であった。
マガール民族は、マオバティの圧倒的後衛であり、分派後、拠点を構築したのもマガール族が多数を占める山岳地帯の村であった。この国でマガール族と言えば、マオバティと言われるほど英雄的民族である。
風貌といえばごく普通で、町にいればその辺の親父さんと変わらない穏やかな顔つきである。年齢も恐らく40歳を過ぎたくらいであろう。この国の革命家は、皆若い。
議長プラチャンダにしても40歳代のはずだ。日本の様に棺桶に片足を突っ込んだ政治家は、保守派にいるくらいだ。
インタビューに際し、一通りの自己紹介を兼ねた挨拶をおくると、「良く来てくれました。私で話せることは、何でも話しますから」と、丁寧な挨拶を受ける。
Q.我々日本の新左翼といわれる潮流も日本共産党といわれる既成政党と袂を分かち、武装闘争を開始したわけですが、ネパールでも共産党と袂を分かち、毛沢東主義派を立ち上げ武装闘争を開始したわけですが、当初は、彼らかの干渉あるいは、少人数での苦労があったのではないですか?
A.そうでもないです(笑)我々は、希望に燃えていましたから。何事も苦労とは、思いませんでした。山岳地帯の生活は、楽しかったですし(笑)
Q.壁にエンゲルス、マルクス、レーニン、スターリン、そして毛沢東の写真が飾ってあります。日本の新左翼という潮流は、スターリンを全面否定していますが、貴方達はいかがですか?
A.言わんとしていることは、分かります。我々も彼に関しては様々な議論をしました。結果、70%の正しさと30%の誤りがあったと総括しています。「祖国防衛主義」という戦略のもと世界革命を捻じ曲げてしまったこと、そして、大粛清という観点では、批判の対象と言っていいと思います。
Q.現在、ネパールは、制憲議会選挙を通して思想の違う多数の政党の連立ですが、今後どのようにすれば良いと考えますか?
A.我々は、第一の目標である国王位の廃止、連邦民主共和国の樹立=民族の自立に成功しました。
次は、多々ある共産主義諸政党との党派闘争を通じ彼らをマオバティに糾合すること、そして、単独の強固な共産党の建設です。そのためには、粘り強い党派闘争を組織しなければなりません。
そして、社会主義連邦共和国に向かわなければなりません。
Q.南にインド、北に中国という地理的条件下で、両者からの圧力・干渉はありませんか?
A.勿論、両国からの圧力・干渉はあります。今は、特にインドからの圧力・干渉が強いです。
Q.マオバティの中には、日本からの義勇兵もいるのではないかと、言われていますがそのような事実はありますか?
A.残念ながら日本からの義勇兵はいません(笑)しかし、多くの国、地域から義勇兵が参加しています。その国や組織名は、残念ながら今、公表する訳にはいきませんが・・・
Q.我々帝国主義国においてもかって、日本赤軍、独赤軍、そしてイタリア赤い旅団等が国境を越える闘いを模索しましたが、残念ながら敗北してしまいました。彼らの闘いをどのように評価していますか?
A.彼らの闘いは、我々もよく知っています。帝国主義国においての闘いは、国内に根拠地を建設しにくい。あるいは、より帝国主義国間の協調性が高いので弾圧もより一層激しく、単独で革命を達成するのは、難しいと考えます。しかし、帝国主義国を打倒しない限り本当の革命の達成にはなりません。
そのためには、帝国主義国・第3世界を含めて世界規模=世界同時性(面的拡がりとして)を持った革命を目指す必要があります。我々も未熟ですが、世界の革命勢力に援助し共に闘う意思は、充分に持っています。そして、事実、サポートしています。
我々の目標は、国境の廃絶=世界社会主義共和国の樹立ですから、かれらと思いはひとつです。ひとつの敗北をもって、革命運動を止めることは、いけません。持続していれば、力を蓄えられ、チャンスは生まれます。その機会が来るまで闘い続けることが重要です。
我々は、今もそしてこれからも革命を目指す世界の革命勢力を絶対!にサポートし共に闘い続けます。どうか日本の皆さんも敗北感にとらわれることなく闘い続けてください。
Q.最後に、日本でもコマンダーのパサンを「ネパールのチェ・ゲバラ」と称賛されていますが(笑)
A.それは、ありがとうございます。彼は、極めて優れたコマンダーです。事実、彼によって勝利に導かれた闘いは、数えきれないほどです。敵も彼の部隊が来たと聞いただけで敗走したことが何度もあります(笑)今度、彼に伝えておきます(笑)
Q.本日は、党大会の前の忙しい時に時間を取っていただいてありがとうございます。
A.どういたしまして、いつでもいらして下さい。大歓迎です(笑)
こうして、S・A・マガール氏のインタビューを終えた。そして、国会議事堂まで送り届け又の再会を約束した。
こうして、タライのゲリラ・キャンプとカトマンズでのインタビューを終えて感じたことは、この国の革命家は、まだ純粋で官僚主義に陥っていず、みんな若いという印象である。
そして、みんな優しく、おおらかで正直であるということ。これは、どのような立場の人間にとっても、とても大切なことで、このちっぽけともいえる小国が、21世紀に最初の暴力革命に成功した大きな要因のひとつのような気がする。
今回、僕にとって、この旅は極めて大きく重要なものになった。そして、絶望感に取りつかれていた心に、幾ばくかの未来が映し出された気がした貴重な旅になった。
2009年4月現在、マオバティは、中国-ネパール-インド-パキスタン-アフガニスタンへと
連なる連続革命(面的拡がりとしての同時革命)を志向し国内文化革命を推進する左派と、一国社会主義革命を固定化するプラチャンダ議長をはじめとする右派に分裂しつつある。
左派は、かってのソ連・中国の一国社会主義革命を痛烈に批判し、更なる革命の開始を感じさせている。
(注1)パンチャヤト体制:ネパール独自の王政絶対体制。政党を認めず。国王を頂点にヒンディー教に基づく厳格なカースト制度が敷かれ、アーリア系民族を上位民族と規定し、国家を支配する政治制度。
(注2)マデシ:インドと国境を接するタライ平野は、かって、ジャングルでマラリア、日本脳炎の蔓延する酷暑の不毛地帯であった。その昔、インドの流浪の民がこの地に住み着き開墾し、穀倉地帯とした。インドを追われネパールからも諸権利を付与されず生きてきた人々。しかし、この地域にも先住民族タルー族が同様に暮らしている。現在、マデシ人権フォーラム等はインド政府の後押しで、この地帯の独立、インドへの帰属を目論んでいる。
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