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22日にとんでもない事が

 投稿者:通りすがり  投稿日:2009年11月21日(土)13時02分45秒
返信・引用
  22日以降にとんでもない事が起きるかもしれませんw
先日、会議派のボス、コイララがシンガポールへ病気治療に向かいましたが、その2日後、プラチャンダがシンガポールへ向かい会談が持たれた様です。
国民会議派とマオバティの連立政権が誕生するかも知れません。
勿論、首相には、コイララの愛娘スジャータが君臨すると思われます。

ここまでマオバティが原則路線を捻じ曲げてしまうとは、思いませんでした。

昨今、毛派の世界組織から非難轟々を受けているのも頷けます。

インドになびいてみたり中国に擦り寄ったりと全く革命とは、無縁の方向に向かっています。
 

2日目

 投稿者:通りすがり  投稿日:2009年11月14日(土)07時11分37秒
返信・引用
  サンケイ新聞より

ネパール、毛派が2日連続抗議行動
2009.11.13 21:14

13日、カトマンズでの抗議行動で反政府のスローガンを叫ぶネパール共産党毛沢東主義派の支持者ら(AP) ネパール共産党毛沢東主義派の支持者らは13日、12日に続き首都カトマンズにある政府庁舎に通じる道路8カ所を封鎖する反政府抗議行動を実施した。前日より規模が縮小され、治安当局によると10万人弱が参加した。

 毛派と現政権は、毛派兵士の政府軍への統合をめぐり対立。統合を進めたい毛派は、5月に下野した後も断続的に反政府行動を繰り返している。(共同)
 

国会議事堂占拠

 投稿者:通りすがり  投稿日:2009年11月13日(金)16時32分1秒
返信・引用
  サンケイ新聞より

12日、ネパールの首都カトマンズの政府庁舎に通じる道路を封鎖したネパール共産党毛沢東主義派のメンバーたち(共同)
 ネパール共産党毛沢東主義派の支持者らは12日、首都カトマンズにある首相府を含む政府庁舎に通じる道路を封鎖する反政府抗議行動を実施、政府機能をまひさせた。毛派によると、約30万人が参加し、毛派政権が崩壊した今年5月以降、最大規模の反政府行動となった。
 毛派と現政権は、毛派兵士の政府軍への統合をめぐり対立。毛派はカトマンズに通じる主要道路を封鎖した10日に続き、抗議行動をエスカレートさせている。だが毛派に軍事部門の中枢を掌握されることを容認しない現政権に、統合を推進する意思はなく、対立が続いている。
 カトマンズ中心部を埋め尽くした支持者らは、毛派のシンボルでもある赤い旗を振り「民主主義のために戦うぞ」「毛派政権の樹立を」と連呼。毛派出身のダハル前首相も加わり座り込みを続けた。(共同)
 

戦術後退

 投稿者:通りすがり  投稿日:2009年11月 4日(水)19時23分26秒
返信・引用
  国際空港トリブバン空港占拠をスケジュールにしていたマオバティは、戦術をトーン・ダウンさせ、空港占拠を取り下げた模様・・・
地方行政府での占拠闘争は決行され各地で現政権及び警察との衝突が頻発。
地方行政府では、マオバティによって、新たな市長等が任命されている状況。
国軍は、非常事態に備え万全の体制らしい・・・
右派プラチャンダは、妥協点を模索中、左派キラン派は蜂起を主張している模様。
 

ゼネストから蜂起へ

 投稿者:通りすがり  投稿日:2009年11月 2日(月)16時24分41秒
返信・引用 編集済
  昨日夜、2万人弱の動員で松明デモが行われました。
本日から全国ゼネスト開始です。
11/09に自治共和国宣言
11/10カトマンズ及びトリブバン国際空港封鎖
11/12100万人動員で政府庁舎占拠

以上が、主要なスケジュールです。
国軍も緊張感ピリピリ状態。
当然、革命軍も移動中!

写真は、カンティプール紙から拝借した昨夜の松明デモの様子。
 

断末魔のあがき

 投稿者:通りすがり  投稿日:2009年10月14日(水)04時19分48秒
返信・引用
  コイララが党議にもかけず愛娘スジャータ・コイララを副首相に・・・

コングレスは分裂の危機状態だそうです。
この爺さん、もうやりたい放題。

20日からのマオバティのゼネストが楽しみですw

と、いうことでネパールへ出発します。
 

分派闘争

 投稿者:通りすがり  投稿日:2009年10月 5日(月)07時14分37秒
返信・引用
  共産党毛沢東主義派(CPN-M)から分派したMatrik Yadavグループが、CPN-Mに対し「武装闘争を放棄した共産主義者に勝利の展望はない!」と、議会政党化したCPN-Mを痛烈に批判し、ティハール明けより革命兵士のリクルートを宣言している。
既にいくつかの反政府組織と共闘体制を構築したとのこと。
CPN-M内部でも左派のキラン派が優勢と伝えられる中、プラチャンダはどう動くのか見ものであるw
上は、革命軍の機関誌「ジャルジャラ」
下は、党機関紙「ムリヤカン」

文字、単語くらいしか読めないおいらには、さっぱり分りませんwww
 

ダサイン

 投稿者:通りすがり  投稿日:2009年 9月21日(月)06時27分32秒
返信・引用
  19日土曜日よりダサイン(ネパール最大の祭り)が始まった様で、28日の山車の登場まで飲めや唄えの大騒ぎ。これでも、ブッディストやクリスチャンやイスラムに祭日を振り分けたので短くなった。
この祭日期間だけは、夫々の政治党派もしばし休戦状態。
ダサイン後はプラチャンダが倒閣運動を始めると明言しており、ダサイン明けが興味深い。
 

いいのかな〜3

 投稿者:通りすがり  投稿日:2009年 9月14日(月)09時54分37秒
返信・引用
  ネパール共産党毛沢東主義派カトマンズ事務所

しばしの休息を取った僕は、翌日、カトマンズへ戻った。
党大会を3日後に控えているため毛沢東主義者の主要メンバーは、多忙を極めていた。
議長プラチャンダ派と左派キラン派の党派闘争のためだ。
議長派は現実路線を模索しているが、左派キラン派は人民社会主義共和国樹立を掲げ精力的に党内オルグを行っていた。
キラン派が優勢と伝えられているが、しかし、微妙なところで推移している様にみえる。議長プラチャンダと中間派副議長バッタライの政治手腕はあなどれない。
そんな中、今日なら時間が取れるから午後にカトマンズ事務所に来る様にとの伝言。
早速、僕は、言われた国会議事堂裏手にある共産党毛沢東主義派の事務所に向かった。
事務所は普通の民家ほどの大きさで3階建てであった。敷地の外では武装した機動隊が警備している。そうだこの国は、未だ暫定政府であり革命途上にあるのだということを思い知らされる。敷地内には、数人の支持者が集まっている。
支持者にアポを取っていることを告げると、暫くして3階の事務所に通される。
待っていたのは、カスキ郡で生まれインドの大学を卒業し、ネパール第2の都市ポカラ選出の国会議員で政治局員のS・A・マガール氏であった。
マガール民族は、マオバティの圧倒的後衛であり、分派後、拠点を構築したのもマガール族が多数を占める山岳地帯の村であった。この国でマガール族と言えば、マオバティと言われるほど英雄的民族である。
風貌といえばごく普通で、町にいればその辺の親父さんと変わらない穏やかな顔つきである。年齢も恐らく40歳を過ぎたくらいであろう。この国の革命家は、皆若い。
議長プラチャンダにしても40歳代のはずだ。日本の様に棺桶に片足を突っ込んだ政治家は、保守派にいるくらいだ。
インタビューに際し、一通りの自己紹介を兼ねた挨拶をおくると、「良く来てくれました。私で話せることは、何でも話しますから」と、丁寧な挨拶を受ける。

Q.我々日本の新左翼といわれる潮流も日本共産党といわれる既成政党と袂を分かち、武装闘争を開始したわけですが、ネパールでも共産党と袂を分かち、毛沢東主義派を立ち上げ武装闘争を開始したわけですが、当初は、彼らかの干渉あるいは、少人数での苦労があったのではないですか?
A.そうでもないです(笑)我々は、希望に燃えていましたから。何事も苦労とは、思いませんでした。山岳地帯の生活は、楽しかったですし(笑)
Q.壁にエンゲルス、マルクス、レーニン、スターリン、そして毛沢東の写真が飾ってあります。日本の新左翼という潮流は、スターリンを全面否定していますが、貴方達はいかがですか?
A.言わんとしていることは、分かります。我々も彼に関しては様々な議論をしました。結果、70%の正しさと30%の誤りがあったと総括しています。「祖国防衛主義」という戦略のもと世界革命を捻じ曲げてしまったこと、そして、大粛清という観点では、批判の対象と言っていいと思います。
Q.現在、ネパールは、制憲議会選挙を通して思想の違う多数の政党の連立ですが、今後どのようにすれば良いと考えますか?
A.我々は、第一の目標である国王位の廃止、連邦民主共和国の樹立=民族の自立に成功しました。
次は、多々ある共産主義諸政党との党派闘争を通じ彼らをマオバティに糾合すること、そして、単独の強固な共産党の建設です。そのためには、粘り強い党派闘争を組織しなければなりません。
そして、社会主義連邦共和国に向かわなければなりません。
Q.南にインド、北に中国という地理的条件下で、両者からの圧力・干渉はありませんか?
A.勿論、両国からの圧力・干渉はあります。今は、特にインドからの圧力・干渉が強いです。
Q.マオバティの中には、日本からの義勇兵もいるのではないかと、言われていますがそのような事実はありますか?
A.残念ながら日本からの義勇兵はいません(笑)しかし、多くの国、地域から義勇兵が参加しています。その国や組織名は、残念ながら今、公表する訳にはいきませんが・・・
Q.我々帝国主義国においてもかって、日本赤軍、独赤軍、そしてイタリア赤い旅団等が国境を越える闘いを模索しましたが、残念ながら敗北してしまいました。彼らの闘いをどのように評価していますか?
A.彼らの闘いは、我々もよく知っています。帝国主義国においての闘いは、国内に根拠地を建設しにくい。あるいは、より帝国主義国間の協調性が高いので弾圧もより一層激しく、単独で革命を達成するのは、難しいと考えます。しかし、帝国主義国を打倒しない限り本当の革命の達成にはなりません。
そのためには、帝国主義国・第3世界を含めて世界規模=世界同時性(面的拡がりとして)を持った革命を目指す必要があります。我々も未熟ですが、世界の革命勢力に援助し共に闘う意思は、充分に持っています。そして、事実、サポートしています。
我々の目標は、国境の廃絶=世界社会主義共和国の樹立ですから、かれらと思いはひとつです。ひとつの敗北をもって、革命運動を止めることは、いけません。持続していれば、力を蓄えられ、チャンスは生まれます。その機会が来るまで闘い続けることが重要です。
我々は、今もそしてこれからも革命を目指す世界の革命勢力を絶対!にサポートし共に闘い続けます。どうか日本の皆さんも敗北感にとらわれることなく闘い続けてください。
Q.最後に、日本でもコマンダーのパサンを「ネパールのチェ・ゲバラ」と称賛されていますが(笑)
A.それは、ありがとうございます。彼は、極めて優れたコマンダーです。事実、彼によって勝利に導かれた闘いは、数えきれないほどです。敵も彼の部隊が来たと聞いただけで敗走したことが何度もあります(笑)今度、彼に伝えておきます(笑)
Q.本日は、党大会の前の忙しい時に時間を取っていただいてありがとうございます。
A.どういたしまして、いつでもいらして下さい。大歓迎です(笑)

こうして、S・A・マガール氏のインタビューを終えた。そして、国会議事堂まで送り届け又の再会を約束した。
こうして、タライのゲリラ・キャンプとカトマンズでのインタビューを終えて感じたことは、この国の革命家は、まだ純粋で官僚主義に陥っていず、みんな若いという印象である。
そして、みんな優しく、おおらかで正直であるということ。これは、どのような立場の人間にとっても、とても大切なことで、このちっぽけともいえる小国が、21世紀に最初の暴力革命に成功した大きな要因のひとつのような気がする。
今回、僕にとって、この旅は極めて大きく重要なものになった。そして、絶望感に取りつかれていた心に、幾ばくかの未来が映し出された気がした貴重な旅になった。

2009年4月現在、マオバティは、中国-ネパール-インド-パキスタン-アフガニスタンへと
連なる連続革命(面的拡がりとしての同時革命)を志向し国内文化革命を推進する左派と、一国社会主義革命を固定化するプラチャンダ議長をはじめとする右派に分裂しつつある。
左派は、かってのソ連・中国の一国社会主義革命を痛烈に批判し、更なる革命の開始を感じさせている。

(注1)パンチャヤト体制:ネパール独自の王政絶対体制。政党を認めず。国王を頂点にヒンディー教に基づく厳格なカースト制度が敷かれ、アーリア系民族を上位民族と規定し、国家を支配する政治制度。
(注2)マデシ:インドと国境を接するタライ平野は、かって、ジャングルでマラリア、日本脳炎の蔓延する酷暑の不毛地帯であった。その昔、インドの流浪の民がこの地に住み着き開墾し、穀倉地帯とした。インドを追われネパールからも諸権利を付与されず生きてきた人々。しかし、この地域にも先住民族タルー族が同様に暮らしている。現在、マデシ人権フォーラム等はインド政府の後押しで、この地帯の独立、インドへの帰属を目論んでいる。
 

いいのかな〜といいつつ2w

 投稿者:通りすがり  投稿日:2009年 9月13日(日)07時06分12秒
返信・引用
  共産党毛沢東主義派

現在、共産主義を掲げるパーティーは、3系列36団体にものぼる。(数で言えば、近年の日本の新左翼に似ていて笑ってしまう)
主要な党派でいえば、共産党統一派、人民戦線ネパール、共産党毛沢東主義派で議会選挙において議席を獲得しており、人民戦線ネパール、共産党毛沢東主義派は、先頃まで武装闘争を展開していた。
ネパール共産党毛沢東主義派の人民革命軍は、現在、劣悪な条件下8か所のキャンプに分散させられ集団生活を強いられている。
2006年5月、首都カトマンズへ支持者と共に無血入城を果たし、王政を解体し、制憲議会選挙において第一党になったにも関わらずで、ある。
議会の第一党とはいえ、ネパール国民会議派(インド国民会議派の傀儡)、共産党統一派、そして、マデシ人権フォーラム(ヒンディー原理主義)との連合のため政府母体は極めてぜい弱であり、ネパール国民会議派のように国軍との統一に反対する勢力も未だ多く、さらに、旧支配者組織国軍は、頑なに人民解放軍との合体を拒否し、未だ人民解放軍は、国連監視下のもと、キャンプ生活を余儀なくされている。
それらのキャンプの1箇所、タライ平野のナラヤニにある人民革命軍第3師団のキャンプに今回、取材してみた。

ネパールの首都カトマンズから西に車2時間ほど走ると、交通の要衝「ムグリン」に至る。ここからトリスク川沿いに、更に南下すること1時間半ほどで、ネパール第5の町「ナラヤンガット」に着く。
ここは、すでに亜熱帯の土地でジャングルには、虎・犀・象等が徘徊する。
湿地帯には、コブラが生息し、夏には40度を越す猛暑地帯でマラリヤ・日本脳炎がまん延し生活するには、極めて劣悪な条件下にあるところである。
更にナラヤンガットから数十人、数百人程度の点在する村々をいくつも通り抜け30分ほど行くと、果たして、ジャングルの裾野にそのキャンプは、あった。

まず入り口近くに検問所があり、チェックを行っている。
2人1組で人の出入りを確かめているが、武器は携行していない様子である。
日本から来た旨を伝えると無線で司令部に連絡し、その中の1人が自転車で司令部に問い合わせに向かう。
待つこと10分ほどで、先程、司令部に向かったゲリラ兵士が戻って来た。
管理者が来るので、暫く待つように促され、更に10分ほどで、3人のゲリラがやって来る。
司令官とおぼしきゲリラが、カトマンズより連絡を受けているのでキャンプへの入場は、「OK」とのこと。
司令官の年齢はおおよそ30歳ほど、彼と共に来た司令部の2人は、更に若く20歳そこそこに思われる。
武器庫は国連の監視下にあるので中に入らぬこと以外、特別な注意も無く、ゲリラ・キャンプにしては、意外なほど緩やかな規制である。
まず、監視所のゲリラにここでの日常やら様々なことを聞いてみた。
日本人が来ているとということで、時間を持て余しているゲリラ達が集まってきた。
こちらからひとりひとり捕まえて聞く手間が省けるというものである(笑)

Q.当初、聞き及んでいたのは、ビニール・シートかバナナの葉を屋根にしただけで、雨露をしのぐだけの劣悪な環境だと・・・
A.確かに1年半前、停戦に合意し、ここに来たときは、その通りでしたが、国連監視団が来て徐々に改善され、集団生活に耐えられる寄宿舎・学校・食堂等、建設されました。
Q.武器も持たず日常生活を送っているようですが、旧国王派やマデシ戦線(注2)の攻撃はないのですか?
A.今のところ皆無です。もし、そのような事態になっても我々は、闘う用意をしています。未だ、戦時下であると認識していますから。
Q.食事は、どのようにしているのですか?
A.大食堂で3回に分けて食べます。栄養も十分で、何も問題はありません。
Q.窮屈では、ありませんか?
A.確かに窮屈ですね。キャンプから出られないですから・・・。ゲリラ闘争をしていた時の不自由さとはちがいますね。
国軍は、自適悠々でしょう(笑)
Q.給料は?
A.制憲議会選挙以降、我々が政府に入ってから、支給されています。
 月5,000ルピー(日本円約6,500円)、食事、ドミトリーは、無料です。
 国軍は15,000ルピー(日本円約19,500円)以上だそうです。
 家にも帰れるし、たいそうな軍服着ているし(笑)
Q.教育はどのようにしていますか?
A.キャンプ内に学校があります。必須は、英語のLanguageのみです。
 あとは、自分で好きな科目を学習するシステムです。
Q.宗教観は?
A.共産主義者ですから、勿論、無宗教です(笑)
 家族や親せきあるいは、町の人々にそれを強制することは、ありません。
 非ヒンディーですから牛肉だって美味しく食べますよ!
Q.自由はあるのですか?
A.見てのとおりみんな自由にしています。
 キャンプを出て、飲料水を汲みに近くの河まで行けるし、嗜好品や日用品は、近くの村ま で買いに行けます。
 ただ、しかたなく拘束される中での自由でしかありませんが・・・
 そういう意味でのストレスは、あります。
Q.現在の心境は?
A.早く国軍との統一を果たしたいですね。向こうは、そんな意志がないのは知っています  が・・・

インタビューを通じて感じたことは、「本当にゲリラ兵士なのか?」ということである。
みんな、とても穏やかでにこやかに、そして、兎に角、若い!
15歳から20数歳までが、ほとんどのように見受けられる。
どこそこで、男女が手をつないで散歩していたりとか、日陰で日向ぼっこをしている。
インタビュー中も上級兵士がついて廻ることもなく、全くありのままを見せて頂いた。
鉄の団結・鉄の規律などと揶揄される共産主義者の営みを想像していたのだが、これが文化革命を経験した真の共産主義者の姿なのかと、いくばくかの感動を覚えてキャンプを後にした。
明後日は、いよいよ政治局員との会談が控えている。
今夜は、ナラヤニ・ナショナル・パークでサファリ生活を満喫してカトマンズへ向かおうと思っている。
 

いいのかな〜

 投稿者:通りすがり  投稿日:2009年 9月12日(土)10時41分13秒
返信・引用 編集済
  と、思いつつBOKUDEN2号の原稿を少しづつUPします。
マァ、版元もその筋の方なので許してくれるでしょう。
なんと!ゲラ刷りのタイトルは「ネパールのチェ・ゲバラに会いに行く!」になっていたのは、ちょっと気恥ずかしい。
15〜6ページ貰ったので、何回かに分けて書き込んでいたら発売されるでしょうw

一昨日、カトマンズでは、マオバティの大規模集会があり一日中、混乱したらしい・・・




かって1960〜70年代、日本の若者達は、既成左翼(社会党・共産党等)に背を向け新たな革命運動を模索した。
当時、第3世界の民族解放闘争の高揚とアメリカ帝国主義の暴虐無尽さゆえ、客観的世界情勢が彼らの運動を後押しした。しかし、彼らの輝かしい夢は、夢として潰え去った。
彼らが求めたものは、哲学的で高尚なものであったが、きわめて観念的でその土台を作る作業が、欠落していた。そして、客観的情勢の後退と共に、運動は、衰退していった。

時代を超えて1990年代初め、ネパールにおいて10数人の若者が、既成政党であるネパール共産党に反旗を翻し共産党・毛沢東主義派を結成し山岳地帯にその拠点を求めた。
しかし、客観的世界情勢は、ロシア・東欧の社会主義国が崩壊する時代であり、中国でさえ市場原理を導入し変質していた。客観的情勢が後押しするはずもなく、孤独な闘いが要求されていった。
それでも彼等は、客観的情勢は自ら創り出すものと空間にこだわり、小さなエリアから変革の一歩を踏み出した。それはあたかも、1970年前後、世界の既成左翼に別れを告げ、自らの闘いを組織した先進国革命勢力に相通ずるものがあるように思われる。
そして、21世紀、彼等は世界ではじめての暴力による社会主義革命を実践した。

歴史

当初、ネパールの革命運動は、ネパール国民会議派及びいくつかの共産主義者政党によって闘われていた。しかし、この国独特の「パンチャヤト体制」(注1)は、強固で一切の民主主義的反抗を封じ込めた。国王は、絶大な権力を誇り、変革運動は徹底的に弾圧され、彼等は、インドに亡命し運動を展開するという、極めて影響力を持たない運動しか組織できずにいた。
しかし、1990年、ネパール国民会議派及び7つの共産主義者政党によって左翼統一戦線が結成され、国内において民主主義運動が起こると、そのうねりは、またたく間に全土を席巻した。
民衆は、積年の恨みを晴らすかの様に「王宮へ!」を合言葉に王宮通りを巨万の民で埋め尽くした。これら一連の闘いによって支配階級=国王派は、妥協せざるをえなくなり、複数政党制の導入、「パンチャヤト体制」の廃止を宣言した。
形式的には、立憲君主制=民主主義が到来したかの様相ではあったが、国王の権限は依然、強大でそれを国軍が支えるという構図は、何も変わることがなかった。
複数政党制になり普通選挙が行われ、ネパール国民会議派が第一党となり政府を組織するが、この党自体がインド国民会議派の傀儡であり、アーリア系民族が特権的階級を形成していた。ヒンディー教を基礎にしているこの政党に差別の根絶、平等社会の構築を求めること自体が無理なことであった。そして、彼等は、賄賂の自由を謳歌し自らの私腹を肥やすことにしか目を向けなかった。
その様な政府に対し共産党マルクス・レーニスト(通称マレ、後の共産党統一派)は、徐々に力を貯え、ネパール国民会議派を政権の座から引きずり落ろした。
マレが政権を担うと、誰でもが「本当の民主主義が来る!」と、期待に胸を膨らませた。
しかし、現実は、ネパール国民会議派のそれと何も変わることが無かった。
人々は、マレを称して「民主主義をもたらしてくれたかい?」
「勿論!彼等は誰でもが賄賂を受け取る自由をもたらしてくれたよ!」とまで揶揄するようになった。
一方、1990年、武装闘争によって革命を目指す10人ほどの若者が共産党毛沢東主義派を結成し既成左翼に叛旗を翻した。
そして、山岳地帯ロルパにその拠点を構築し武装闘争を開始した。
彼等は、毛沢東主義派を掲げてはいるものの戦略的には、持久戦と都市ゲリラ戦を合体させたものと言っていいだろう。(戦略的には、センデロ・ルミノソ路線を採用)
山岳地帯の村において、カースト制度の全廃、教育の徹底、男女差別の根絶、食糧の共同生産・分配を通じ意識改革を行っていった。その生活形態は、瞬く間に、無知・貧困に喘ぐ山岳地帯の人々の支持を得、10年足らずで全土の60%を支配下に治めるまでになった。
これら圧倒的に支持された原因のひとつに、人種の問題もあると思われる。
ネパールは、人口2,500万人弱にも関わらず、65民族がひしめき合い。上位カーストは、ブラーマン、チェットリといったアーリア系であり、その他の我々と同じビルマ・モンゴロイド系の60あまりの民族は、常に後方に追いやられていた。
山岳地帯や痩せた土地には、ビルマ・モンゴロイド系の人々が多く暮らし、彼等は常に飢えと貧困にさいなまれており、国王を頂点とするアーリア系の人々に内心、敵愾心を持っていたと言っても過言ではないと思われる。
彼等は、貧弱な武器ではあるが、その強固な意志によって次々と国軍や警察署、そして地方行政府を武装攻撃し、首都圏には、労働組合を組織し中央政府に圧力をかけた。
2001年、思わぬところから大攻勢の火蓋が切られた。
国王ビレンドラ一家と弟ギャネンドラ一家の晩餐会中、ビレンドラ国王は、我が子ディペンドラ王子によって射殺される。それもビレンドラ一家全員である。一方、ギャレンドラ一家は、誰一人けがさえ負うことなく無事であった。犯人とされるディペンドラ王子は、その場で射殺され、国王は、ギャネンドラが即位した。
この事件は、ネパールの国内を大きく揺るがした。かってより数々の悪事を行って評判の悪かったギャネンドラが国王に即位することで、親国王派や一般国民もその真偽を大きく疑った。
すぐさま即位したギャネンドラは、政府閣僚を解任し、親王政政権を樹立するに至った。
主要6政党は、民主闘争を組織するが、ギャネンドラの前に決定的な闘いを組織することができなかった。
一方、共産党毛沢東主義派と人民戦線ネパールは、武装闘争と首都圏における大衆実力闘争を組織することで、さらに、その力をより強固なものにしていった。
2006年には、すでに全土の80%を実効支配するに至り、国王派も妥協の道を選ばなければならないところまで追いつめられた。
同年5月、共産党毛沢東主義派は50万人とも100万人ともいわれる国民と共に首都カトマンズに無血入城するにいたる。
現在、国王の幾多の策謀も全く通じず、制憲議会選挙が行われ、国王位剥奪、連邦共和国が樹立された。

写真は、最も武勇をはせる人民革命軍第3師団のキャンプ
 

>伝言>通りすがりさん

 投稿者:rom13  投稿日:2009年 9月11日(金)22時27分5秒
返信・引用
  お気遣い、感謝。
メールで伝えようと思ったけど、ここに書いたほうが何かのプラスになりそうな気がしまして、・・

出版がここまで遅れるのは、いろいろ事情があるんだろうなー、と、想像をめぐらしております(笑)

万が一、出版が中止されるようなことになったら、改めて送付をお願いいたします。それまで気長に待っています。
それより、仔細にかかわらず、ブログとここの更新を望みたい。うまく言えないんですが、私には活力なんです。
私にここへ書き込む力量があれば、自ら書きたい。悲しいかな他力本願が身上、是非、よろしく。
 

伝言

 投稿者:通りすがり  投稿日:2009年 9月11日(金)20時50分36秒
返信・引用
  rom13さん
BOKUDENは、発行されるみたいですが、又、遅れるようです。
おいらの生原稿が必要ならおくりますので、上段の名前のところクリックして連絡下さい。
 

バディ・カーストの反乱

 投稿者:通りすがり  投稿日:2009年 8月17日(月)07時46分11秒
返信・引用
  いつまでも改善されない彼等の地位。
闘いは、続く・・・今日のカンティプール紙から

Badi community threatens stir
Kantipur Report
DHANGADI, Jan 16 - Women from the marginalised Badi community in the Muda region of Dododhara VDC-7 in Kailali district have warned that they will launch protests if the government does not make arrangements for their employment and rehabilitation within three days.

Many Badi women, the breadwinners of their family, work as sex workers to make an income, but they have pledged to quit their traditional occupation if the government creates alternate  jobs for them.

On Sunday, a delegation representing the Badi community submitted a memorandum regarding the problem to the government, through the office of the Chief District Officer, and Umadevi Badi, central chairperson of National Badi Rights Struggle Committee, issued the threat to launch protests if the government did not help the community.

Around 100 Badi women from the Muda region are still engaged in prostitution. The Badi people have demanded that the government come up with a special package to address the plight of their community.

Although the government has allotted Rs. 30 million for their rehabilitation, the money has not been invested in programmes that will create an alternate source of earning for the Badi women.
Posted on: 2009-08-16 10:55:48 (Server Time)
 

チベット人の抗議集会

 投稿者:通りすがり  投稿日:2009年 8月15日(土)07時46分33秒
返信・引用
  昨日、プルチョークの国連前でチベット人の抗議集会が行われ、数人が
警察に逮捕された模様です。
写真は、カンティプール紙から拝借。
 

ここにも

 投稿者:きつね  投稿日:2009年 8月14日(金)20時24分46秒
返信・引用
   何不自由の無い人間達がゲームか鑑賞に浸っている。
どちらに転んでも泣く人間が出て来るこの国の今からを語るヒトはいないのか。
 

長い夏

 投稿者:通りすがり  投稿日:2009年 8月 5日(水)06時58分40秒
返信・引用
  先日のマオバティのCC(=中央委員会)の決定を受けて街頭闘争の強化が図られる。
本日より1ヶ月、カトマンズで抗議行動が行われる。
チャッカジャン(交通遮断)や集会が随所で行われる。
取り敢えず左派=キラン派の主張が取り上げられたということだろう。
 

Re: rom13さん

 投稿者:rom13  投稿日:2009年 7月23日(木)22時46分3秒
返信・引用
  > No.3798[元記事へ]

> もしお金があるなら、CPN-Mがボランティアを募っています。
> 内容は、ロルパへの道路を整備したり、学校建設に従事したりと多岐にわたっています。

行ってみたいです。道路工事や大工仕事はお手のものだし、日本に居て鬱陶しい10年を費やすよりも、
よほど有意義な経験になるだろうと確信できるのですが・・・
でも、時間が作れない。以前は時間はあるけど金がない。今は、余裕には程遠いけど金の心配は
ない。かわりに時間がない。うまくいかんもんです。

> BOKUDEN2号も出版社の都合で、来月発売と大幅に遅れてますが、宜しかったら一読下さい。

さんざん、問い合わせていました(笑)。昨年からの出版不況やらで何かの事情があるんじゃないですか?
と書店に言われて諦めていました。再度「tutaya」のおねーさんに注文しときます。(笑)
 

忌まわしい日

 投稿者:通りすがり  投稿日:2009年 7月22日(水)20時18分41秒
返信・引用
  本日は、日食ということでネパールの官公庁、民間会社共、休日。
何でもヒンズー教では、日食・月食共にあまり歓迎されないみたい。
それでも日本人同様、アホ騒ぎしているネパもいるようだw
カンティプールの写真から。
 

rom13さん

 投稿者:通りすがり  投稿日:2009年 7月22日(水)19時00分49秒
返信・引用 編集済
  もしお金があるなら、CPN-Mがボランティアを募っています。
内容は、ロルパへの道路を整備したり、学校建設に従事したりと多岐にわたっています。
日本人ボランティアも一人いるはずですので、往復の航空券(多分、TGで往復6万円位)を
買う余裕と15日前後、時間が取れるなら是非、行って見て下さい。
予めCPN-Mのカトマンズ事務所にコンタクトを取っておけば、スムーズに時間の無駄が省けます。
BOKUDEN2号も出版社の都合で、来月発売と大幅に遅れてますが、宜しかったら一読下さい。
 

ありがとうございます

 投稿者:rom13  投稿日:2009年 7月22日(水)14時52分40秒
返信・引用
  通りすがりさん、ありがとうございました。
引き続きレポートをお願いいたします。
 

Re: >通りすがりさんへ

 投稿者:通りすがり  投稿日:2009年 7月21日(火)07時29分40秒
返信・引用 編集済
  > No.3793[元記事へ]

> 例の9・11以降、私の妄想は、「世界の流れはネオコンによるイスラムの弱体化」に固定されてしまって、
> 近来のイランや中国ウイグルを見ていると、イスラムの分断が水面下で仕組まれていると思えてなりません。
> ネパールにその影響が現れるとしたら、ネパール内イスラムの先鋭原理主義化だろうと勘ぐっているのですが
> ネパールではわずかに4%ぐらいがイスラムだとレポートに教えらました。その彼らに顕著な動きはあるのでしょう
> か?
>
> もし、先鋭化してるようならネオコンの手の内に嵌っているように思え、残念です。


侵略・階級闘争を宗教戦争に塗り替え、支配を貫徹するのは、帝国主義者の常套手段ですね。
確かにキリスト教を「正」としてイスラム教を「悪」と規定して、政治介入・侵略するのが現在、帝国主義者の戦略ですが、これは、宗教に名を借りた支配の貫徹だと思います。
グローバリズムを貫徹するには、イスラム教圏が非常にネックになってくるので、そこを戦場にしてイスラム教圏を解体・弱体化してしまいたいのでしょう。

ことネパールに関しては、日常、宗教戦争が全くといっていいほどありませんでした。
(厳密には、歴史上支配の道具には使われましたが・・・)
確かに革命後、キリスト教の伸長は目覚しく、数万人だった信者が、今や100万人を突破したとか言われています。
今回の爆弾闘争は、インドに後押しされたヒンズー原理主義者が、マオバティを後方或いは、解体に追いやる為に仕掛けた騒動でしょう。
これからも王政復古を狙う保守派に扇動されたこのような攻撃は、あると思います。
ただ、イスラムに関して言えば、ヒンズー、仏教、ジャイナ教、その他の宗教とも良好な関係ですし、これからもそうだと思います。

「人間の数以上神がいる国」と例えられるほど、多種に渡って神がいる国ですから、ネオコンのイスラム教分断化は、有り得ないし、先鋭化する傾向もありません。
彼らが求める地下資源は、何もありませんw
今は、中国とインドの覇権争いを遠目で見ておけば、事足りる事でしょう。
故に彼らは、よりましな国、インドを後押ししているのです。
 

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 投稿者:google-lv  投稿日:2009年 7月20日(月)18時39分48秒
返信・引用
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 投稿者:google-lv  投稿日:2009年 7月20日(月)18時39分12秒
返信・引用
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>通りすがりさんへ

 投稿者:rom13  投稿日:2009年 7月20日(月)16時56分37秒
返信・引用
   >ネパール防衛軍 投稿者:通りすがり  投稿日:2009年 5月24日(日)09時52分39秒  返信・引用 編集済

    昨日、ネパールのパタン(=ラリトプール)のカトリック教会を、ネパール防衛軍が爆弾攻撃。数人の死者が出た。
 このネパール防衛軍は、タライを中心に活動するヒンズー原理主義グループ。
 後ろには、インドの影がちらほら。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

↑ このコメントを読んだとき、私の妄想癖は、ネパール革命も情勢が混乱したら結局は「宗教戦争」に
すり替えられてしまうのかなー・・と。いやな予感を持ちました。


例の9・11以降、私の妄想は、「世界の流れはネオコンによるイスラムの弱体化」に固定されてしまって、
近来のイランや中国ウイグルを見ていると、イスラムの分断が水面下で仕組まれていると思えてなりません。
ネパールにその影響が現れるとしたら、ネパール内イスラムの先鋭原理主義化だろうと勘ぐっているのですが
ネパールではわずかに4%ぐらいがイスラムだとレポートに教えらました。その彼らに顕著な動きはあるのでしょう
か?

もし、先鋭化してるようならネオコンの手の内に嵌っているように思え、残念です。
 

済みません。

 投稿者:通りすがり  投稿日:2009年 6月27日(土)12時30分21秒
返信・引用
  2重投稿なので削除しました。  

一昨日、

 投稿者:通りすがり  投稿日:2009年 6月27日(土)11時34分16秒
返信・引用
  おいらのブログからの転記です

ネパール共産党毛沢東主義派が、インド政府にインド共産党毛沢東主義者のテロ組織規定の解除を要求。インド政府が応じる訳も無く、ネパール政治にあからさまな介入をする、インド政府へのあてつけ・挑発行為で思わず拍手喝采!
マオバティ内の党派闘争もかなりの局面まで来ている様だ。 一方を「極左主義」と非難すれば、一方は「修正主義」と非難。微妙なバランス(勢力的には5分5分といわれている)の上で党が維持されているが、そのバランスが崩れた時、党は一気にふたつに割れてしまうだろう。
UMLは、もう取り返しのつかない処まで党の解体が進行し、現政府に入閣しコングレスと共に親インド・反マオバティを主張する名ばかりの共産主義者と、本来の共産主義的立場に回帰しようとするグループに完全に色分けされたようだ。再び、解党へと進みそうだ。
 

う〜〜〜ん

 投稿者:通りすがり  投稿日:2009年 6月27日(土)08時30分57秒
返信・引用 編集済
  編集は出来るが削除ボタンがないW  

早くも崩壊全開モード

 投稿者:通りすがり  投稿日:2009年 6月 6日(土)07時37分54秒
返信・引用 編集済
  ちょっと忙しいので近日の自身のブログ記事を編集して貼り付けときます。

02/06
一昨日と昨日、ネワールが自治政府を要求してカトマンズ盆地でゼネスト。
カトマンズは、バイク一台も通れなかった模様。
街頭闘争では、20台ほどの車両が焼き討ちされ、交通マヒと商店のロック・アウトで廃墟の如くに・・・
ネワールは、市民経済を握っているし、遠い昔、カトマンズ盆地を統治し、インドからの侵略に最後まで闘った誇り高き民族である。
1990年の民主化運動の成功も彼等、ネワールのブラック・アウト戦術が、運動を成功に導いたと言っても過言でない。
カトマンズ、ラリトプール、そしてバクタプールには、多くのネワールが生活しており、将に水を得た魚の如く、運動を展開していくだろう・・・
一方、タライでは、インドがボーダーのモニュメントをネパール側に30m前後移動させ、領土の拡大を図っている。ボーダーに抵触したネパール人の家屋は次々に破壊され、多くの難民が発生しているとのこと。
コングレスとUMLを主体とした政権ができた途端のあからさまな、侵略である。
コングレス、UML共に、この事態に沈黙を守っている。
流石、インドの傀儡政権としか言い様がないwww

06/06
一昨日、マオバティを中心に10数政党が、インドの国境侵略に対処すべく現地調査団を組織した。
しかし、新政権の中心政党コングレス・UMLは、勿論、不参加。
インドの忠実な番犬コングレスは、今回も忠誠心を全うしているw
マデシ・フォーラムも閣僚人事が原因で、2派に分裂。
これは、コイララのマデシ・フォーラム潰しの目論見が成功したとの報道。
しかし、自党コングレスさえ、先行き怪しくなっているのに「爺さん!大丈夫?」と、思ってしまう。
因みにスジャータ・コイララは、外務大臣就任とのこと。コングレスも分派の危機に直面している。
 

新政権

 投稿者:通りすがり  投稿日:2009年 6月 5日(金)10時14分12秒
返信・引用 編集済
  ネパールの新政府は、早くも崩壊の危機に瀕しているw
主要政党のコングレスは、スジャータ・コイララが率い7閣僚が入閣とのこと。
スジャータは財務担当大臣、或いは、それ以外の主要大臣になるだろう・・・
このスジャータは、兎に角、党内を含め世間からも圧倒的に評判が悪い。
スジャータを強引に推したのは、勿論、党首コイララ(スジャータの親父)
財務大臣にでもして私服を肥やそうという魂胆があからさまw
インドは勿論、これには沈黙を守る。何故ならコイララは、忠実な番犬だから・・・
コングレス党内でもこれに猛反発しているが、それを打倒できる切れ者がいない。
あの世で、ガネシャ・マン・シンが嘆いているに違いない。
マデシ・フォーラムも閣僚人選を巡って2派に分裂状態。
UMLは、首相の座を死守したい為、知らん振りを決め込む。
呉越同舟の綻びが、新政権スタートの前に早くも露呈。
マオバティの政権離脱戦術の勝利と言っても過言ではないw
闘わずして勝利とは、このことを言うのかも知れない。
市民団体のゼネストは、勢いを増すだろう。
 

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